河内飯盛山 野崎観音~飯盛城跡~滝谷軟水の場

2023年6月4日(日)

💠大阪府大東市に居住していた頃、直ぐ近くなのに訪ねたことがなかった「野崎観音」…脚力増強のリハビリ山行きで、お参りを計画したが…

野崎観音への行き帰りは、まだまだ体力的にもちょっときつかったな…💦
老若多くの方に出会ったが、いずれも平気なお顔…のようでしたので、その程度なのでしょうかねえ~😅

 

🔷「大東市立野外活動センター」の入口近く向いの側に「飯盛城跡駐車場」…画像右端。

センターでイベントがあるようで、こちらの駐車場もほぼ満車。

(*停められない場合は、その先に3台程度の空き地あり)

いつも、センター入口の外にある🚻(画像右側)を利用させて頂く。🙏
田植えの準備が進んでいる…子どもたちの歓声が響いているので、田植えがあるようだね。
認定NPO法人 大東市青少年協会
🌾民具×米作り『苗代作り』(5/14)
https://twitter.com/ysdaito_npo/status/1663431383010914304

 

🔹「桜池」の縁を通って「南尾根コース」へ向かう。
センター裏手の南池べりに、萩の花…

ピンと上向きの総状花序…コマツナギ(駒繋)
*フェンスより上に伸びてたので、キダチコマツナギ(木立駒繋)とすべきかも。

 

団体さんが通過するのを待って「野崎観音」へ向かう…が、直ぐに下りだろうと思っていたが、意外に登る💦

 

ナンテンハギ(南天萩)

 

途中、モアイ像の顔に似た”大阪城の残念石”があり、ヤマレコGPS動作中の記録で撮影したが  “保存”を失念…時間経過で画像が消えてしもた😥…これなんとかならへんのかなあ…ヤマレコさ~ん💢

ダウンロードしたコース案内には、「黒廻池」「京極氏の石切場」が記載されているが、途中に案内などはなく(見落としたかも)ひたすら林間を歩き…たどり着いた野崎城跡、絵日傘(七曲り)コースとの分岐点を…

 

「つり橋」方向へ、岩場の急坂を下り行く。

吊り橋…橋板が腐食した箇所あり💦
そこからしばらく下りて行くと、寺の屋根が見える展望所…

 

生駒山系に続いて、奥に大和葛城・金剛そして和泉葛城の山並みが続く。
眼下に、転居前のマンションを探す…そう、元大東市民😁…なんだけど、見つけられず😓

 

🔹野崎観音(慈眼寺)お参り…
JR野崎駅に近いマンションの9F…ベランダからいっつも見えてたのに…自分は初めて🙇‍♂️💦

 

艶やかなアジサイ花咲く横を通り、奥の”お染久松の比翼塚”(供養塔)へ…

 

塚の横に、近松半二作の浄瑠璃「新版歌祭文」の”野崎村の段”を刻んだ石碑

切つても切れぬ戀衣や 本の白地をなまなかに
お染は思ひ久松の 跡を慕うて野崎村
堤傳ひにやうやうと 梅を目當に軒のつま
そなたは思ひ切る気でも 私や何ぼでもえ切らぬ
餘り逢ひたさ懐しさ 勿體ない事ながら
観音さまをかこつけて 逢ひにきたやら南やら

 

ほのぼのとしたイラストで知られる島本貴子さん作の「新版歌祭文」絵物語が野崎会館横(休憩所)横に…。

油問屋の一人娘のお染と、丁稚久松の恋は心中で終わるが…この寺に設けられたのは供養塔で、墓はお染の実家天満屋が建立したらしく、羽曳野の野中寺墓地にある、とのこと。

ともあれ、野崎小唄「野崎参りは 屋形船でまいろ」~♫で知られるこの地が、実話を脚色した悲恋ドラマの一つの舞台なのだ…ね、ほろり😢

 

🔹寺から少し登ると「野崎城跡」…

南北朝時代、四條畷合戦で北朝軍の縣下野守がここに陣を構え、南朝軍の河内守楠木正行・実弟正時と対峙した、と。
で、戦死した楠木兄弟の正行像が、後の戦国時代に本格的に築かれた山頂の飯盛城跡に…と、この山にまつわる戦いの歴史、特に戦国時代の変遷は複雑ややこしっ😵…パス💦

 

野崎城跡から南へ下ると、南尾根、絵日傘(七曲り)コース合流点…左手の絵日傘(七曲り)コースへ。

 

道沿いに、ず~とハエドクソウ(蠅毒草)

まだ開花が少ない…あ~それなのに😅ピントが…

 

🔹心地良いせせらぎを渡り…

 

登り行くと、古いコンクリート車道へ出てその先、「七曲り」への分岐で「灌頂の滝」を見ようと直進…しかし堰堤の先で踏み跡わずかなのでUターン。
戻って小さな表示をよく見ると、”隠れ滝”…隠すなよ~😠と思ったが、後で調べると堰堤のもう少し先、だったみたい…また次回に😅💦

 

道端のアオキ(青木)に実…色が変だが…多分「アオキミフクレフシ」と呼ばれる虫こぶ。つまり、寄主植物名(アオキ)+形成される場所(ミ)+形態的特徴(フクレ)+虫こぶ(フシ)で、タマバエの幼虫が中にいる。
正常な赤い実は、冬に鳥に食べられるか、落下するので、この時期まで残ることはない、とのこと。

 

登る途上、竹林コースと合流、さらに杉むら峠で絵日傘峠からの道と合流し、尾根筋へ…。竹林コースは”悪路”だって…どんなんかな~🙄

 

🔹合流地点を左へ。

 

通り慣れた尾根筋の飯盛城虎口から城の本丸へ…

 

千畳敷郭(曲輪・くるわ)跡の広場 “作品ベンチ” で休憩…
木の根元のハンモックでお休み💤を起こさないように…小声で木登りクライマーに”頑張れよ~”

 

🔹こっちも、頑張って登るよ~

 

登った先は両側が落ち込んだ(堀切)ところの細道(土橋)…更にその先、崖の階段を登って…

 

本丸高櫓郭跡…飯盛城主の四條畷合戦で戦死した楠木正行像…
城主だった三好長慶公は何処へ…と、いっつも思ってしまう戦国時代のちょっぴり城跡ファン😅

 

🔹薄曇りに広がる大都市の大阪平野…城から眺めた頃は、池や湿地の点在する向こうに上町台地、そして大阪湾が広がってたのだろうか🙄

嘗て何度か散策した手前の「深北緑地」と…

門真スポーツセンタードームの向こうの鶴見緑地(花博記念公園)…懐かしいなあ~
ビル群の向こう、須磨の山と淡路島の間に「明石海峡大橋」が霞む。

 

🔹展望台そばの道を下り、FM送信所への車道に出て、下方の楠公寺へ。

 

四條畷合戦の両軍死者の冥福を弔うために飯盛山妙法寺として建立され、昭和に池田勇人氏が名付け親の「楠公寺」に改名された、とのこと。
飯盛城の「馬場」でもあったようだ。

境内西側「八大龍玉」への八十八石段…お地蔵様が皆うしろ向き?…階段横の六体地蔵様は前向いてんだけど…。

DSC_0017

 

境内南側にコースガイド地図にも印された🚻…新しくなってた!!

手洗いも設置された新調のバイオトイレ…便器の中は黒っぽいおがくずいっぱい、水は流さず壁のスイッチを入れると、何やらゆっくる回転し、かき混ぜている。
微生物に糞尿を分解させる仕組みらしいが…丁寧に利用したいね…感謝🙏

🔹道を戻り、寺の裏側の細道を下りる。
シシオドシが響くあたりの山腹に、切り株を利用した”作品”が見えると…

「滝谷楠水の場」

ここはもう…ヤマレコユーザーの、きゅっきゅ(99part)さんのこれだね♪♫

” しじょうなわてのっ
てんねーんすいっ♪ ”

きゅっきゅさん…勝手に~使わせてもろうて…おおきに~🙇‍♂️
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/userinfo-542077-prof.html

(=^・^=)ちゃん
相方が着いたらニャンニャンニャン…こちらが近づくと、山に駆け込んだ…

ユキノシタを撮っていたら…相方にニャンと近づいて…

戻ると…😾ぴゅ~💨
ニャンやねん😡💦

 

🔹2リットル2本をリュックに詰めて…だいぶ広く造り直され、登りやすくなった道を🅿へ…。

 

🅿着。
ちょうど田植えを終えた子供たちが、桜池の縁を帰るところ…

ちょっとか細く不揃いの苗が、なんだか爽やか…元気に育ってほしいね…収穫まで、まだまだ作業は有るんだろうけどね。
又来るのが、楽しみだ🎵

 

 

・野崎観音へは初めて歩くコース…バリルート分岐に案内標識がないところもあり、よくGPSを確認しつつ歩んだ。

・大東市魅力発信サイト ええトコ!だいとう
飯盛山ハイキングマップのご案内
https://www.city.daito.lg.jp/site/miryoku/2044.html

 

ご覧いただき、有難うございました!

 

 

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Posted by ss-kinkon