再び能登半島災害ボランティア ~ 個人参加で「写真洗浄」も…そして防災士会へ合流
2024年11月27日~12月2日
【お断り;災害ボランティア先(個人宅等)が特定できる作業の撮影・掲示は致しません】
🟢奈良県防災士会員のY氏が、「ボランティアキャンプすず」に幾たびか個人参加されてたのでお聞きすると、その団体の概要と参加申し込み要領を細かく教えて頂き、更にキャンプ時の食料調達店舗や浴場の場所や営業状況などもまとめて、メールで送って頂いた。
実際現地ではその情報が大変役に立ったが、且つあらかじめテントサイトの予約や冬用寝袋借用まで手配していただき、多分独自ではかなり戸惑っただろうと推察され、Y氏に感謝!
・「ボランティアキャンプすず」に赴くに前に、まず「アウトドア義援隊」を組織し後援しているモンベルのサイトでボランティア登録 https://about.montbell.jp/release/disp.php?id=687
・災害ボランティアセンター以外の活動に対するボランティア保険「しえんのおまもり」も加入 https://fukko-skett.jp/posts/5Yv9XFQwJJQcr8NqlSKV
*この方のが分かり易いけど…「たそがれ防災士」さんNote ”「ボラキャンすず」に来てみませんか ” https://note.com/hinagu8475/n/n5c1fb1c45a9c
11月27日朝、奈良を出発。
450kmほどの距離を大半高速道・自動車専用道を走る…..災害ボランティア車両の無料措置が西日本豪雨災害際の居住市町村申請と異なり、NEXCO「災害ボランティア車両高速道路通行証明書発行システム」でネットから申請でき、且つ往復2通の証明で済むのは非常に有難い!!
*参考に以前の「災害派遣等従事車両証明書」の面倒な手続き手順…..
②「災害派遣等従事車両証明の申請書」の書面をNEXCOサイトよりダウンロード、通過料金所(往復)毎の申請書を作成、上記社協申請書とともに居住地の役所に提出し減免通行証の発行を申請。⇒私の場合4高速道を利用するので往復8枚必要だったが、説明しておくも”お役所仕事”で往復まとめて1枚だったり2枚だったり…再発行も上に順次決済まで時間がかかり、そのまま向かって高速道料金所で二度足止めを食らい、料金所地下道を事務所まで行かされたり、役所の再申請書類を郵送することで通してもらったりと散々…なので現システムは、ほんとに有難い。
🔹西名阪道法隆寺IC→大和郡山IC→京奈和道木津IC→京滋バイパス→第二京阪久御山JCT→処置新名神栗東JCT→名神米原JCT→北陸金沢東IC→のと里山海道→能越自動車道のと里山空港IC→珠洲道路→珠洲市
上記の経路で走り、一旦名神菩提寺PAで休憩後、次は福井の北陸道南条SAで休憩…2022年4月に登場した全長約10m・高さ約6mの恐竜「フクイティタン」
棒の先の葉っぱ(疑似餌)を向けると、鳴き声と鼻息を吹きかけてくる…とか。やってた女性は、すぐ飽きたようでプイと行っちゃったからか、恨めしそうに眺めるフクイティタン…😁
次いで、のと里山海道の「道の駅高松里海館」PAで休憩…白波たつ浜…実は小学5・6年生の夏、国鉄京都駅から独りで列車(一部汽車)に乗り、この先の宝達志水の叔父の家に行き、近所の子らと泳いだり腰を振るように足先を動かしてハマグリや巻貝を採ることを教えてもらったり…もうすでに叔父の年齢を超えたが想い出深い懐かしい浜辺なのだ…その先は「千里浜なぎさドライブウェイ」に続いている🌊🌊💦🌫🌫
🔹のと里山海道から能越自動車道に入ると、途端に工事が続き、陥凹とまるでレース場のように急に蛇行する路が次々現れ、神経を使う😓
珠洲市内に入り、別の仮泊所を確認して鉢が崎オートキャンプ場着16:30…
到着すると、すでにY氏がテントサイトを頼んでいただいていたので、車に装着していた吊り下げライトをテント内に吊り、後は荷物を入れるだけ…

充分な広さのオートサイトに、独りにはぜいたくなテント…電源コードが配線されているが、税所は集会所利用を予定していたので、暖房用の機器は持参していないが、冬用シュラフに持参したシュラフを重ねて入り、持参した使い捨てカイロをズボンの両ポケットに入れて寝ると、寒さはほとんど感じることなく、休むことができた。
電熱器具か寝具があればよいが、以前冬のキャンプでテントの前室で小型のアラジン型灯油ストーブを灯して快適に過ごしたが、次はそれもいいかも…。
Y氏とともに、交流テントへ…ボランティア作業の大半の皆さんはまだ戻らず…ビブス直用の方の前に立っているコーディネーター小林さんに、ご挨拶…
調理器具や冷蔵庫など充分用意されている。夕食と朝食を少し買い足しに行こうかなと思ってたが、Y氏が用意しているとのことで、有難く頂戴した🙏
🔹翌11月28日
朝テントを出ると、前夜に来た隣のサイトの女性が、”虹が出てますよ~”
今日のボラ先は、床下の泥出しと床の根太(ねだ)等の泥落としと清拭・消毒作業…必要な資材を軽四ダンプに積込み、10名で作業継続中のお宅へ…
敷居を踏まないことなど、しっかりした女性リーダーの指示のもと、作業は消毒した根太や敷居をビニールシートで丁寧に養生した後、泥出し作業…床下で10cm前後積もった泥を掻きだし、プラ手箕(てみ)に入れ、リレーで軽ダンプに運び近くの家主の土地に搬出…作業は翌日に持ち越し、16時前に終了。 帰所し道具を片付けて…Y氏に温泉浴場へ案内して頂いた。
「珠洲温泉のとじ荘」 前回訪れた見附島公園に隣接したホテル https://notojiso.com/
もう暗いので建物の損壊は確認できないが、公園側からの進入路が痛々しい。宿泊者は多いようで、日帰り入浴も同じ玄関から入るが、履物の履き替え場所には長靴やスニーカーが多く、ボランティアの入浴、特に若者が多いことが伺えた。
🔹次の日…11月29日
朝礼で、作業予定は昨日のお宅と輪島のお宅の泥出しだったが、別にボードに「写真洗浄」とあるので、そちらを希望…
「あらいぐま能登」の写真洗浄会が、珠洲市宝立町の公民館で行われる事を知り、富山の常連女性が被災宅からアルバムを預かり希望したようなので一緒にそちらへ行き、午後から別の作業を行うことに…。
宝立町は地震の際、津波にも襲われた地域でかなりの被害だが、今まで目にした地域よりは解体済みの空地が多い様だ。
上記場所の被災前と被災後の状況がGoogle で確認できる。航空撮影では〇囲みの公民館前の□囲みエリアは被災前だが…
Google streetに戻すと、県道34号内浦街道の傾いた道路案内あたりの、被災後8月の状況が確認できる…そして、この時点では解体されていない様子….。
安立町写真洗浄会は、東日本大震災から写真洗浄のボランティアを始め、「あらいぐま岡山」顧問の福井圭一氏のグループが企画…私も西日本豪雨災害ボランティアの際に、倉敷市真備町ボランティアセンターとその後に、「あらいぐま岡山」玉島写真洗浄会でもご一緒に少し作業していたので、久しぶりの再会。
*玉島洗浄会参加は、折りたたみ自転車で輪行、四国へ渡り「しまなみ海道」を尾道まで走った際に立ち寄った記録 折畳み自転車・青春18きっぷの旅 ~しまなみ海道~ (その1) 岡山「玉島写真洗浄会」参加、そして今治へ
*福井圭一さん :ネットで検索すると、多くの報道記事で活動を知ることができる。現在(R6年12月)も、愛車(折りたたみ自転車)で能登を走り、活動を広げておられる。 X(旧Twitter)ですが...K1 https://x.com/k1transformed
また、阿倍野区へ移転する前にしお手伝いしていた「あらいぐま大阪」のスタッフも同伴されて(Facebookでよく見ていたので)懐かしい思い… https://www.facebook.com/osakasenjo/
Y氏と被災者からアルバムを預かってきた「ボラキャンすず」参加の富山の女性も、福井さんの説明を聞き、この後少し作業を体験。
午後から”お宝”回収へ・・・被災家屋解体などで廃棄に回される輪島塗漆器や置物を譲って頂き、きれいにしてチャリティーバザーなどで販売…収益は提供地元の自治会などに還元し祭りなどに利用していただく…「能登のお宝活用プロジェクト」
「祭り御膳」をお持ちのお家が多いようで、セットが数段に収納された縦長の木箱をいくつも頂いて、「ボラキャンすず」のテントに搬送・・・画像の前を走る軽トラ…運転は写真洗浄参加の富山の女性…いつも思うが、ボランティア参加の女性は、年齢にかかわらずたくましいなあ😍
昨日の汚れた作業着や着替えを洗濯…乾燥機は二度回したが、雨続きのテント内ではとうとう帰宅まで乾かず...😥(4回でも無理だとか…) 
交流テント内では、男性が差し入れ?のお米でご飯を炊いた在り、女性は鍋をこしらえたり、お酒も入りそれぞれが夕食と懇談…ボラ先で頂いたのか、たくさんのお芋…ストーブで焼いて頂いた😋
お肉いっぱい具沢山の豚汁も…美味しくて々…普段は飲まないお酒も進む♪♫
🔹11月30日
この日は「宝立町写真洗浄」へ参加予定だったが、先に”お宝”回収に…
現地は能登の先端部分の海岸沿い真ん中あたり、「奥能登絶景海道」の過ぎ行く道沿いに目立つ…やはり倒壊した手つかずの建物…
提供いただくお宅で、「祭り御膳」が数段に収納された縦長の木箱を車いっぱい積んでキャンプへ戻る。
戻って”お宝”箱を収納し、「宝立町写真洗浄会」の公民館へ…Y氏とともに昨日の女性の預かってきたアルバムが変質はあるが乾燥していたので、アルバムから写真とメモ書きの切り取り・剥がしと、写真の腐食部分を無水アルコールでふき取る清浄作業の手伝い…ほぼ完了したようだ。
洗浄会は11~2日間だけだが、事前にチラシを町内会や公民館等に配布・掲示してアピール、被災した写真・アルバムを持参いただき、処置には時間がかかるのでお預かりして継続して作業を行っているところへ処理を依頼することになる…が、その前に乾燥させることが大事で一筋縄ではいかない無償の奉仕作業。 
夜にかけても風は強くず~と降ったりやんだり…午後9時20分の少しの晴れ間のテント上空、オリオン座が見える東南の空…ひときわ輝く木星…Jupiter(平原綾香)中越地震復興のうた✨
(iPhoneで3秒撮影だが画像上に線上の光…衛星?ステーション?飛行機?)
🔹12月1日
相変わらず曇天時々雨…
奈良県防災士会の活動に参加するため、防災士会のビブスを着用し、Y氏と珠洲市災害ボランティアセンター 近くの体育館駐車場 へ…
総勢8名…スマホでQRコードを読みボランティア登録、社協職員のボラ時の注意説明後にマッチング担当からボランティア先の説明…4台の軽四輪ダンプに分乗し2件の被災現場へ…
トイレは静岡県富士市提供の移動車両…ボランティアの使用する車両も他府県ナンバーが多い…センターのスタッフも他府県の社協メンバーが支援に来ていることだろう。
最初の被災宅は元飲食店舗が付随した家屋…ガラスなど散乱、ガラスや家具・プラスティックス・金属など雑多な物品を分別して搭載…書類に内容を記載して「飯田港災害ごみ仮置場」へ搬送…
ごみ仮置場では入り口で係員が書類と搭載物を確認後、分別それぞれの廃棄場所と順番を指示と同時に各担当へ無線連絡…待ち構えた担当者数名が、車位置の指示とともに廃棄物をさっさと取り出し、実にテキパキ速やかに処理される。
仮置場となっている飯田港入口の広い駐車場だった場所に、少しおしゃれな外観の仮設住宅が並ぶ…仮設住宅はいくつかのタイプがあり、ここのは少し広いように思える。
次の作業は、取り壊しの為か前所有者が納屋に放置した大量の古い家電品等…重量があり階上からの運び出しに難儀したが、かなりの量で次回以降に持ち越し、15時にセンターへ戻る指示なのでに終了。
帰路の空に虹…晴れたり降ったりの気候のせいか、毎日虹を見ることとなった。
センターから徒歩8分ほどの駐車した珠洲市立健民体育館駐車場へ…帰路に通りがかる駐車場にも応急仮設住宅 
🔹奈良県防災士会の皆さんとお別れし、「ボラキャンすず」へ…
鉢ヶ崎オートキャンプ場手前の「ジャンボリー会場跡地災害ごみ仮置場」…早朝から深夜まで重機の音が響いているが、朝には解体材木を積んだトラックが列をなしている。
この災害の廃棄物の量は、珠洲市が一番多く自治体で出される廃棄物の量の65年分に相当するだろう…との専門家推計。
神戸の時に湾岸にうずたかく積まれた解体木材を見ていたが、比べる対象にはならないとしても、今のこちらの状態は解体や搬送がが進んでいない現状を示しているようだ。
この日で帰宅するので、キャンプ場を通り過ぎ近隣の状態を見てみることに…
「りふれっしゅ村 鉢ヶ崎」のこの一帯にはキャンプ場のほか、鉢ヶ崎総合公園・球場・テニスコートなど、
周辺には「元気の湯」・「珠洲ビーチホテル」・「鉢ケ崎海水浴場レストラン」・「珠洲市陶芸センター」などが在る緑豊かなビーチ沿いのスポーツ・リゾートエリア
…いま浴場は限定営業されていつようだが、その他はすべてクローズ…その広いエリアの中に多くの仮設住宅が建てられている。
県道28号(奥能登絶景海道)の閉鎖されている「珠洲ビーチホテル」の前を少し南西に行くと、珪藻土資料館「七輪の里」…
珪藻土産出日本一の能登…珠洲では掘り出された珪藻土ブロックからそのまま七輪コンロの形状へ切り出して焼成した、高級な「切り出し七輪」「切り出し練炭コンロ」を特産品としている…とのこと。いつか旅の番組で紹介されていた所のように思うが…そこの工場も休止状態の様だ。
キャンプ場に戻りテントの中を片付け、お借りしたシュラフにお礼のメモを付けて管理事務所窓口に…そして輪島に行っている皆さんはまだ戻っていないが、交流テントのコーディネーターの小林氏、そのサポート”恵美さん”とY氏にお別れの挨拶をして、帰路へ…。
🔹「のと里山空港IC」から「能越自動車道」へ進むと、途端にレース場のような急カーブの続く工事中の道路…疲れがあったせいか、いつまで続くのかと、往時よりとても長い気がして「のと里山海道」を千里浜海岸あたりへ出るまで緊張😓
途中のPAで車中泊し、朝方奈良へ向かい走らせた…途中名神道で再度仮眠をとり、帰路は京奈和道ではなく→京滋バイ久御山JCT→第二京阪門真JCT→近畿道松原IC→西名阪道法隆寺ICのルートの高速道オンリーで、自宅帰着 15:15
*NEXCOの高速道路無料処置「災害ボランティア車両高速道路通行証明書」
往時証明書は控で、実際は西名阪道大和郡山ICと京奈和道木津ICで押印、城陽JCTで無人機の通行券を取ってそのまま走り、金沢東ICで通行券と証明書を提出…あとの自動車道は無料。 帰路の書類は、西名阪道香芝SAで休憩の際に撮影、大和郡山ICで提出…走行距離は現地走行も含め約1,100km 
*奥能登は、地震災害のボランティア活動も少し落ち着いたかに見えた矢先「9月能登半島豪雨」の追い打ちで地震を上回る酷い災害…輪島市へボランティア作業に行ったY氏も”輪島の豪雨災害は甚大”と心を痛めておられた。
輪島側の海岸エリアの被害が大きく、「真垣の里」で知られる大沢町周辺の道路は壊滅的な崖崩れ・崩落による寸断で、住居や港も土砂で壊され埋まるひどい様相が報道されたが、石川県の「通れるマップ」では現時点でも大沢地区への表示がなく通行不可のようだ。
SNSでは、被災者へ寄り添う思いの、個人や組織の種々のボランティア活動を伺うことができ…自らも更にわずかでも厳しい寒さに向かう現地の生活基盤の復元へ何らかのお手伝いが出来ればと……
ご覧頂き有難うございます🙇♂️





















