鉄道遺産を巡る ~ 王寺駅・亀の瀬(旧隧道跡)・河内堅上駅ウオーキングツアー ~

2020年2月8日(土)

🔷昭和7年の「亀の瀬地すべり」を契機につくられた「大和川第3橋梁・第4橋梁」が、土木学会により「関西本線三郷~河内堅上間橋梁群」の名称で、令和元年度土木遺産に選奨された、、、

とのことで、それを記念して王寺町観光協会」主催 「”鉄の道”と”川の道”のプロがガイドする亀の瀬ウオーキングツアー」が催された。

   *約80年ぶりに発見された旧大阪鉄道亀瀬隧道(トンネル)

                                          *GoogleMap利用

🔹コースは、王寺駅(JR王寺駅・近鉄新王寺駅)⇒ 船戸児童公園(D51-895号機関車)⇒ 船渡陸橋・築堤(近鉄・旧大和鉄道)と築堤下通路(小トンネル)⇒ JR王寺駅南側の線路下道(*カルケット)⇒    [大和川「多門橋」を渡り三郷町へ]

JR大和川第2橋梁⇒ 龍田大社⇒ 旧大阪鉄道築堤・JR大和川第3橋梁⇒ 関地蔵⇒ [三郷町下水道部西側より古道へ(柏原市)]

峠八幡神社・地蔵堂⇒ 亀の瀬地すべり資料館・排水トンエル見学⇒ 旧大阪鉄道隧道⇒ 龍王社⇒ JR大和川第4橋梁⇒ 河内堅上駅 

鉄道ファンには魅力の企画!!              *カルケット?(後述)

🔹JR王寺駅改札前集合 9:00。今回は、王子町地域交流課の方と王寺観光ボランティアガイドの会の方々に加えて、”鉄の道”と”川の道”のプロ(^^vの方がガイドに!!

先ずは近鉄田原本線沿いに東へ向かい、国道25(168)号線の跨線橋から、近鉄線とJR線に挟まれた「舟戸児童公園」へ。

蒸気機関車 D51-895号機」実際にこの横の関西本線を、時には重連で走っていた機関車。機関室に入って触れることも可能。

🔸もっと知りたい方にそっとお教えしましょう、、👀 それは王寺駅北側直結「リーベル王寺東館」5階の「王寺町地域交流センター」。

廊下のコーナーに、この機関車の詳細と現役当時の写真、装着部品などが常設展示。更に近鉄田原本線の前身「大和鉄道(ヤマテツ)」のプレート等も展示され、鉄道ファンならずともワクワク!

*余談だが、関西本線の蒸気機関車はもうひとつ、加茂駅近くの沿線、加茂小学校西側に保存されている「C5756号機」。

お召列車や急行列車を引いて走ったとのことで、保管状態は良い様だが、残念ながら立ち入れない。

このブログの記事 幻の鉄道「大仏鉄道」道草的遺構巡り JR加茂駅~大仏鉄道記念公園 で少し紹介しています。

 

🔹舟戸児童公園から出て、道を東へ。一つ目の横道を南に向かいJR踏切を渡ると、近鉄線の築堤と陸橋。

開業当初からの大きな築堤と石造りの橋台。ここも開業当初は蒸気機関車がこの築堤勾配を登れず、男性乗客が降りて押した💦とのエピソードも。写真を見ると、小さな機関車と客車になるほど。^^;

築堤沿いに東へ200mほど行くと、小さな歩行者用トンネル。水路用だったようだ。このあたり築堤の側溝補強に、古い線路を利用している、との”鉄の道ガイド”の説明。

築堤をくぐり抜けて、住宅地から葛下川の堤防へ。更に国道を越え、町役場の傍を西へ。

🔹今度は堤防を下りて、ニチアス工場の東側をJR線路の方向へ行くと、突き当り線路下の半地下道(カルケット)。

ここも、水路のための構築物だったようで、レンガ積みの古い橋台も確認できる。幾度となく利用してきた所なのに、ガイドさんの説明まで、全く意識していなかった!(-_-;)

*カルケットとは → 王寺町では、このようなトンネル状の稿造をカルケットと呼んでいるが、トンネル工法のカルバートから転訛したものだろう、との解説。

 

通り抜けた反対側。ニチアス工場の塀に『聖徳太子の愛犬 雪丸のまち🌺王寺町へようこそ🌺🌺と、町のシンボル梅の木にちなんで、花🌺をあしらったPR看板。

🔹「久度第二雨水貯留池グラウンド」横から大和川堤防へ出て「多門橋」を渡り、三郷町へ。

JR第2大和川橋梁を遠望、三郷町側の橋台には開業時のレンガが残されている部分が有る、との説明を聞きながら、龍田大社方向へ。

龍田大社で小休止。風の神様にお参り。

大鳥居横の灯籠基台に

江戸廻 酒諸荷物 積問屋仲間」 

「亀の瀬」の歴史、いにしえのこの地の賑わいが伺える歴史遺産ですね! 

   高橋虫麻呂歌
 島山を い行き巡れる 川沿ひの 岡辺の道ゆ 昨日こそ 我の越え来しか 一夜のみ
 寝たり志からに 峰の上の 桜の花は 滝の上ゆ 散り落ちて流る 君が見む その日までには
 山おろしの風な吹きそと うち越えて 名に負へる社に 風祭せな 

(万葉歌 巻9-1751) *石碑の表記に合わせています。  

🔹龍田大社からJR三郷駅前を通り、JR第3大和川橋梁が見える堤防へ。この堤防は、旧鉄道の築堤。

ここから見える橋梁の、構造のお話を聞いても、、、専門的で??? でも、藤井地区を迂回してきた鉄路が、再び大和川をわたる少し丸まったトラス構造橋梁は、架橋当時のもので珍しく、県内唯一とのこと。

鳥が多く見られる大和川。黒いカワウと白いサギ(チュウサギ?それともダイサギ?)

 

 🔹少し戻り、道を渡って龍田古道を「関地蔵」へ。道端の石塔は墓標のようで何か曰くがあるのか?

「関地蔵」の名の由来、、ここに関所「龍田の関」が在ったらしい。

また戻って、堤防沿いに大正橋のたもとを越えて西へ行くと突き当りが三郷町下水課の建物。そのあたりに大和川上流(奈良側)を航行していた、船底の浅い「魚梁船」の発着する「魚梁浜」が在った、と”川の道ガイド”の出番!(^^v 

三郷町下水課の建物から迂回するように歩み、山際の古道の道を登ると、「峠八幡神社」と石造地蔵菩薩坐像が祀られた「地蔵堂」

「峠八幡神社」の本殿(拝殿)がすごい!お参りもそこそこに、小さいがその造りと彩色に、しばし目を奪われる、、が、案内札などは見当たらない。境内はきれいに清掃されており、集落のない場所だが、きちんと管理されているようだ。

路傍のヒメリュウキンカ(姫立金花) 欧州原産の帰化植物でキンポウゲ科キンポウゲ属。参加の方の、庭に増えて困っているとのお話も、、。

水辺や湿地に咲くリュウキンカ(立金花)は、アジア・日本原産で、キンポウゲ科リュウキンカ属。

 

🔹「亀の瀬地すべり資料室」到着。 (12:30頃)

お弁当タイム!!🍙 蒸気機関車「雪丸おさんぽ弁当号」と王子町の木「梅」の花が散りばめられ、お惣菜がシースルーのとてもワクワクするお弁当!

箱の側面に「4団体コラボ開! スーパーヤオヒコ・奈良女子大学・奈良芸術短期大学・王寺町/産官学連携」と表示され、奈良県内の食材を使って見栄えや食味が工夫されたお弁当。全国5万点以上出品の「お弁当・お惣菜大賞2018」で、特別賞を受賞🏆したとのこと。と。                                                                                              蓋裏にも雪丸のクイズなど有ったりして華やかで楽しく、”雪丸御膳”ならはでのデザートに「ブルーベリー葛まんじゅう」、、、より美味しくいただきました!(´ڡ`ლ”                            

 

🔹昼食後、国交省大和川河川事務所の建設專門官の方により「亀の瀬地すべり」の経緯と工事の概要を、ビデオ画像で解説していただく。

その後、実際の様子をパネルと資料を観ながら、より具体的に解説して頂いた。

 

地すべり面がこんなに平滑なことに驚き! ボーリングの採取資料も、地すべり層の両端が平滑。図式化された地層の状態が、とても具体的にイメージされた。

🔹次いで、排水トンネルへ。

この排水トンネル入り口のレリーフ、、、以前幾度となく前を通り、また中へも入っていたのに、ずーとカタツムリだと思いこんでいた!「亀の瀬」なのにカメのイメージが無かったのだ、、、

展示室に掛けられていたキャラ?を見て気がついたが、、、でもてんとう虫の背のような甲羅は???

 

扉が閉まっていると、こんな感じ。🐌

昨年10月27日撮影。ブログ記事『明神山ハイキング & 龍田古道ウオーク ~出会った野山の花々』より再掲。

 

水が流れている排水溝が設けられたトンネルを進む。

途中に、分岐した抗口と立坑(集水井)があり、立坑上方には外の明かりが見えるが始終、水が流下。この場所の集水井は、集水ボーリングからの水を、直接トンネルの排水溝に落とすようになっている。前回訪れたときには、とても中の撮影が出来ないほど、飛び散って流れ落ちていた。

ある程度進むと、坑道が小さくなり、進入はそこまで。このような排水トンネルや集水ボーリングが多数張り巡らされ、1962年来の長き年月に亘る困難な工事とその重大さが、忍ばれる。

集水ボーリングの総延長 147km (大阪~名古屋間の距離) 配水トンネルの総延長 7.2km(地下鉄梅田~天王寺駅間の距離)   (*資料館パンフレットより)

◼奈良盆地の河川水をまとめて受ける大和川、その大阪側への出口は、まるで関所のように立地する「亀の瀬」地域。現実に明治36年と昭和7年には、川が埋まり土砂ダムが形成され、梅雨時期の大雨で、上流で氾濫し水害が発生している。

何らかの状況で、急激に貯留した土砂ダムが決壊した場合の被害も想定されていて、その場合、下流の洪水は現大和川の方向ではなく、古い時代の大和川の流れ込んでいた方向、八尾、東大阪、大東市などの方向、つまり古代は海だった大阪平野の方へ流れ込むとの想定であった。

 15号集水井(深さ17m)

地下水対策以外にも、すべり抑止対策として、最大で直径6.5m、深さ約100mの杭等が170本が設置されており、巨大な杭を安定した固い地盤まで打ち込み、地すべり層の滑りをせき止める「深礎工」としては、世界最大規模・、、とのこと。   (*資料館パンフレットより)

🔹いよいよ旧大阪鉄道「亀瀬隧道」へ。7号支線排水トンネルの抗口から入るが、この最後の排水トンネル工事の途中で旧隧道が発見された。(左側の抗口は5号排水トンネル)

抗口から進むと途中で斜めに横切る「亀瀬隧道」(下の写真右側)に。

旧隧道左手(大阪側)はすぐ奥で塞がれ、トンネル壁面全体がコンクリートで覆われている。

 

合流地点の旧隧道側に解説のパネル展示。

 

 

◼右端のパネルの真ん中あたりに、当時の状態が図示されている。👇   

◼大正12年に複線化され、下り線の西側一部は明治の隧道が再使用されていたが、その残存部分約66mが保存された。排水トンネル掘削は、図のように上り線側の隧道にも行き当り約50mが残存していたが、隧道が高い位置に有り、埋め戻された、とのことで、同じパネルの『ドキュメント トンネル発見』には関係者の話として、次のように記されている。

『、、、平成20年11月13日、掘削機が、、(中略)、、11月18日には上り線トンネルに当たりましたが、こちらは排水トンネルより位置が高いなどから、埋め戻すことになりました。、、、』
そして、下り側隧道については、

『、、、工事の安全面から埋め戻したいという一部現場サイドの根強い思いはありましたが、少々の補修をしても遺構を次代に残していこうとの意見が大勢となっていきました。遺構の高さがこの位置にあったことが、排水トンネル掘削工事の安全面においても、見学施設として残すにおいても、幸いしたと思います。』

🔹王寺側の旧隧道壁面も、崩落した地点の数メートル手前までは、下の写真で判るように、かなり厚いコンクリートで覆われている。写真右端が本来のレンガ壁。

そして行き止まりが、崩落土砂の堆積している地点。
“鉄の道ガイド”がレンガ積みについて、側壁は “イギリス積み”、蒸気機関車の煙で黒ずんだ天井に至るアーチ部分が “長手積み” と呼ばれる工法で積まれていることなど解説して下さった。

大勢歩いてホコリが舞い、湿度が少し高くてレンズがやや曇ったせいなのか、フラッシュ撮影画像に怪しくフワフワ写ってしまっている、、、決して”オーブ ” (⊙_⊙;)、、などと思われませんように(^^ゞ💦

 線路や犬釘、レンガも傍らの足もとに展示。

 

壁に四角い穴が開けられているところが有り”理由は不明”とのことだが、側面のレンガの組み方と、この部分の壁厚が分かる。

 

◼この「亀瀬隧道」は、保存された約60mのうち、レンガ積み構造がはっきりした形で、約120年前の原形を留めている約45mの範囲が、大阪府柏原市の文化財指定(有形文化財 土木構造物)となり、今回、柏原市教育委員会の文化財課の方にもお世話も頂いている。 「亀の瀬トンネルを市文化財に指定」

◼ 「亀瀬隧道」と「亀の瀬地すべり対策」については、Amebaブログ ” chinu ” さんが、割合詳しく記事にされておられますますので、ご参考まで。

遺構巡りと旅日誌」旧大阪鉄道の亀ノ瀬隧道(亀の瀬地滑り廃線跡)

亀の瀬地すべり対策の見学(土木の日見学会)

 

🔹「亀瀬隧道」の保存されている7号支線排水トンネルを出て、左手の小さな祠の「龍王社」へ。

古来より重要な物資輸送の場所で、かつ河川交通の難所であった「亀の瀬」の安全祈願の社として祀られた「龍王社」、神仏混淆のお社。

石灯籠の基台には、大和川を大阪側から「亀の瀬」まで運行した「剣先船」の刻印。

立て札の説明に依ると、かつて龍田大社の本宮があった小鞍峯(小倉山)に聖徳太子創建の「普賢寺」が在ったが、廃寺となり、祀られていた普賢菩薩像がこの「龍王社」に合祀された、とある。

 

また、「普賢寺」が有ったされる地域が「亀の瀬」北側の山手で、雁多尾畑(かりんどおばた)の地区。「普賢寺」が、役小角が法華経八巻二十八品を埋納したとされる経塚の一つで有り、その修験の第28番宿場「亀尾宿」があったが、廃寺で普賢菩薩像が「龍王社」に合祀された事により、この社の地が経塚とされた、、、との趣旨と解釈した。鳥居の傍には「妙法蓮華経普賢菩薩勧発品第二十八経塚」と記された、まだ新しい白い木標が経っている。

🔹戻って、流れの中の亀岩を眺めながら、旧鉄道線跡で龍田古道でもある、川沿いの道を西へ。

🔹迂回路線新設で掛けられた「第4大和川橋梁」。昭和7年地すべりの年の年末に開通。ここでも大和川を斜めに渡っているが、ここではワーレントラスと言う構造物で橋桁を支えている。(写真の右に写る三角形=トラス構造が交互に連続した構造物)

JR第3大和川橋梁と共に「関西本線三郷~河内堅上間橋梁群」として令和元年度土木遺産に選奨され、それを記念して、今回のハイキングが催された。

 

橋梁を電車が通過するシーンが撮れなかたので、ブログ『2019年10月27日 明神山ハイキング & 龍田古道ウオーク ~出会った野山の花々』より再掲。

 

🔹JR河内堅上駅到着、、、お疲れ様~\(^o^)/

帰りは、通ってきた道筋・風景を車窓に、、、、、心地よい疲労感、、、、

 

ご覧頂きまして、有り難うございました!

 

 

にほんブログ村
 アウトドアブログ アウトドアライフへ
にほんブログ村

Posted by ss-kinkon